![gumgum06.jpg](https://blog-imgs-16-origin.2nt.com/s/a/i/saienji/gumgum06.jpg)
菊門の周りをチンポのさきっちょで、入れるぞ入れるぞって感じでクチュククチュされるのが結構好きなchikaです。 四つん這いになってるchikaの陰膿とかに殿方の拳が時々触れて、chikaに入れるために竿を支えてるんだって、思わず愛おしくなってクゥ~ンってなっちゃいます。 宣誓っ、2008年も、男を惑わせるオトコchikaは、オンナとして世界と「不適切な関係」を結び続けたいと思います!! ・・てな事で、新春第一弾目のフェチフィールドワークは「マスク」総論のさわりをば、、、論文調だけどごめんして、こっちの方が高尚そうでしょ(笑)。 でも、しっかり(倶楽部での体験も入れて)エロを練り込んであるから読んで見てぇ。
頭部とゆーか顔には、感覚器官の大部分が集中してるので、人間同士がお互いを認識するときに一番最初に顔を意識するようだ。 多分、精神活動上の「価値観」で言っても、顔は身体の各部位の中で、最も高位な部分に違いない。 更に顔の各パーツの中でも「目は口ほどにものを言い」という諺を敢えて持ち出さずとも、「目」の位置づけが特に高いの事は周知だと思う。 chikaが、お客様にして差し上げる簡単な女装の中に、ラバーマスク女装というものがある。 目と鼻の穴だけが空いている(もしくは口に薄いスリットしか入っていない)タイプのマスクだと、濃いめの女性用アイメイクと、目の周囲にシャドウを入れる。 口も開いているタイプなら口の周囲に軽くファンデを塗って唇は思い切り濃厚に仕上げる。 後はマスクを装着して付け睫等上からやる方が簡単なメイクでフニッシュ。 密着度のきついマスクだと顔の表面の肉が変形するのと、ゴム自体のエロな質感が手伝ってくれて、男の顔も完全なエロ顔オンナに早変わり。 顔面拘束感が良いのか、普通の女装メイクサービスより、これに填るMのお客さんは結構多い。 コレなども結局モノを言っているのは「目」だ。頭髪も眉も唇もなく、真っ黒でただ「目」だけがあるのに、そこには普段以上に、濾過された「顔」としての情報がある。 マスク女装に限らず、女性のお客様とのプレイでも目や顔の重要性が解る。 M女の口の中に、布をありったけ詰め込んで、ガムテープでピッタリと蓋をした上で、抵抗できないように両手両足を縄でグルグル巻き・あるいはアームバインダーを装着して床に転がすプレイ。 こちらも本気の演技というか、気合い入れてやります。プロボクサーが恨みもない相手と本気でどつき合うのと同じ。 口を塞がれて悪態をつくことも、縄を解いてもらう為に懇願することもできない、そんな状態のM女がまず最初に感じるのは動物的な反応としての「怒り」「恐怖」、そしてやがて快楽への扉として機能する「屈辱感」…。 そんな感情が、一番強く現れる部分といえばやっぱり「目」。 言葉を封じた状態だからこそ、目の表情が、M女の心の動きを敏感に反映させる。 M女が今、怒っているのか、憤っているのか、はたまた、自分の中にわき出た新しい感情に気がつき戸惑っているのか。 ボールギャグをM女の口に割り込ませても同じ結果がでる。 chikaの場合は、ラバーをメインにしてのプレイが売りだからM女さんの方もラバーボンデージのリクエストが多い。 この場合でもM女の感度を高める為に「追い込み」を掛ける必要がある時は(今日の話とは真逆の関係になるけれど)視界を潰したレザー製の全頭マスク更に被せ、M女のラバーヘッドを更に二重拘束する。 このマスクを被らせた途端、得体の知れない生き物に成り下がってしまうM女。 自分を襲った小さな闇の中をそろそろと手で探りながらもがくその光景は、chikaの嗜虐性をより一層かきたてる効果もある。
顔が、目が、見えないというだけなのに、人間ではない別の生き物のように見えてくるのが不思議だ。 見た目はピッタリとした皮の光沢と素材感によって無機質な感じが付加され、女体を覆うラバーコスチュームとの相乗で、その倒錯美はより強化されるのだけれど、それでもその姿は、キレイなお人形というよりは、動物に近いものに感じられる。 「無表情」である部分がそう思わせるのだろう。chikaの足元に見た事の無い生き物がいる。 見る自由も喋る自由も奪われ手足さえも思うように動かせない一匹の滴る美肉を持つ生き物。 この目の前の生き物を自由にできるという征服感がchikaのプレイを加速させる。 顔全体にピッタリと張り付く拘束感の気持ちよさは、プライベートでは拘束マニアでもあるchikaにはよく解る。 本当の闇の中、呼吸が制限される恐怖感は、何度やっても薄らぐことはないけれど、だからこそ、その後やってくるあの不思議な感覚が約束されるのだと思う。 M女には、暗いマスクの中で自分の呼吸音が生生しくきこえるだけ。自分が目を開けているのか閉じているのかさえ分からないような状態で、視覚と聴覚を剥奪され、完全に動きを制限されて、荷物のように運ばれる自分に酔って行くのだ。 皮のマスクの中は、二重構造、一旦は自分の膚に同化した筈のラバーマスクは汗とヨダレでびっしょり。 M女が「もうどんなことになってもどうしようもない、」という一種投げやりな心地よさを感じ始めたら、完全な陥落なのだけれど、この状態への入り口が、加虐・被虐双方にとって「顔」や「目」のコントロールに準拠するのが非常に興味深い。
![carinchika.jpg](https://blog-imgs-16-origin.2nt.com/s/a/i/saienji/carinchika.jpg)
更に目を含む頭部への拘束あるいは変性と言えばフィメールマスクの存在が挙げられる。 フィメールマスク作家の水野優さんがご指摘されているように、西洋文化におけるフィメールマスクの発生には多分にBDSM的な要素があって強制女装の要素が強いと思われる。 フィメールマスクを女性が着用する場合が何件か見られるが、これもボンデージやフェチ、あるいはそういった属性を持つフェチファッションへの傾倒と考えた方がしっくりくる。 この分野は最近、急速に伸びてきたようで、日本でもこのフィメールマスクを使ったアダルトビデオメーカーが「拘束リアルフェイス(とれないマスク・・お願い!鍵を開けて!)」という一本を出したのを発見した時には、映像でもついにフィメールマスク妄想の本丸までそのテーマを展開する時代になったのかと驚いたぐらいだ。
さてこのフィメールマスク、今日のテーマに関連する部分としてからすると「目」の表現に2種類あるのが面白い。 頭部全体を「女性の皮」で覆ってしまう時に、その「目」まで違うものとして形を与えるか、「目」だけは着用者の目を共有しようとマスクに穴をあけるかの2種類だ。 chikaはラバーマスクが大好きなので、どちらかというと目の部分がくり抜かれたフィメールマスクが好みだし、映画などで変装用に使われるマスクも目に穴が開いている。 機能的に考えれば、目に穴の開いたフィメールマスクは、良好な視界の確保や見た目の自然さが得られるようだ。 しかしこのタイプには、顔は別人のモノで覆うけれど、目という外界との繋がりを維持する部分は、あくまで本人のものを使いたいという深層意識が働いているように思うのだが、これは穿った見方だろうか。 それに対して、マスク独自の目がついているタイプのもの、これは視界は悪いし、かと言って着装者の視野を完全に閉ざすわけにもいかないので、好き勝手なデザインの目をマスクに与えるわけにも行かないからか、多くのフィメールマスクの目は誇張的である。 一般的にこのタイプのフィメールマスクは、人形の様な印象を強く受けるのはその為だろう。 ただ逆に言えば、フィメールマスクの顔面拘束性であるとか、BDSM的な要素はこちらの方が強いかも知れない。 女性に、あるいは別の存在に閉じこめられるという感覚は、「他人の目の裏側から、世界を覗き込む」と言った着装感も含めて、このタイプのマスクの方がずっと強いからである。 「覆う目」と「仮面と共有される目」・・・うーん、この話は深くなりそうなので、いつか又別の機会に、続きを書いてみたいと思う。
[新] シーメールクリスタル2 ひかる&カノン
卑猥で美しい「彼女たち」に群がる男達と、美しきシーメールの事情。 蝋燭責めに極太浣腸、ボールギャグ&縛りなどで淫乱調教される清純派ひかる。 変態真性M男をペニバンで調教し、非現実的な妄想を楽しむカノン。 男を弄ぶのも、男に弄ばれるのも美しきシーメールの定め。めくるめく官能の世界が花開く…。
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